VW(独フォルクスワーゲン)の排ガス不正事件が世界的に大問題になっています。この機会にディーゼル車(Diesel)の排ガス問題の基本を勉強しました。その結果、VWが使用した不正ソフトウエア:
ディフィートデバイス(無効化機能ソフト)がどんなものだったのか?イメージできました。
目次
1.ディーゼルエンジンの基本
2.ディーゼル車のNOx(窒素酸化物)の基本
3.クリーンディーゼルの難関はNOxの減少
4.エンジン精密制御によりエンジン本体でNOxを低減しようとする技術
5.排ガス中のNOxを処理する技術
6.実際の道路走行時に排出されたNOx排出量
7.メモ
(おまけ情報:「SKYACTIV-X」)
1.ディーゼルエンジンの基本
ガソリンエンジンと比べて圧縮圧力が高く断熱圧縮による高温になるため、燃料は点火プラグなしで自然着火し、燃費が良い。
ディーゼル燃料は、ガソリンと比べて精製度が低く、熱効率が高い。価格もガソリンより安価だが、米国では現在ガソリン価格を上回っている。
ディーゼル車はガソリン車よりも最大3割程度燃費が良いとされ、温暖化ガスであるCO2の排出量が少ない。経済的にもハイブリッド車よりも勝るとされる。
2.ディーゼル車のNOx(窒素酸化物)の基本
NOx(窒素酸化物)はNO、NO2が主
(毒性の主原因物質はNO2)で、
光化学オキシダントの原因物質のひとつ。空気中の窒素(N)と酸素(O)が高温の燃焼ガス中で反応して主にNOになる。これらを、
thermal NOxという。
一方、燃料中に含まれる窒素(N)が燃焼によってNOxになるのを、fuel NOxという。こちらは、燃料中の窒素分の比率で発生量が決まってしまうので、ディーゼル車の排ガス問題ではコントロール対象にはならない。Thermal NOxを抑制するためには N2+O2→2NO の反応を抑えることが必要で、
- 燃焼域での酸素濃度を下げる。
- 高温域での燃焼ガスの滞留時間を短くする。
- 燃焼温度を下げる。
ただし、これらをやりすぎると,不完全燃焼になり
PM(粒子状物質:スス)やCOが増加する。
つまり、ディーゼル車の場合は
NOxとPMはトレードオフの関係。
メーカーは様々な技術対応でクリーンディーゼルを実現してきた。
ディーゼル車の排出規制値 g/km (走行1kmあたりの排出量グラム、測定方法・条件は異なる)。
| 窒素酸化物 NOx
| 粒子状物質 PM
| 一酸化炭素 CO
|
米国 | 0.031 | 0.006 | 2.12 |
欧州 | 0.08 | 0.0045 | 0.5 |
日本 | 0.08 | 0.005 | 0.63 |
現状では
PMの除去技術は完成している。DPF(ディーゼルパティキュレートフィルターDiesel Particulate Filter)は排気管の途中に取り付けられる
多孔質セラミックのフィルターでPMを絡め取る。
基本的には「フィルター」なので、その内部に溜め込んでおけるPMの量にも限界があり、いつかはフィルター部分が目詰まりを起こす。そこで行われるのが「再生(Regeneration)」。DPFに装着された圧力センサなどからの情報で目詰まりが感知されたら、
ECU(制御コンピューター:Electronic Control Unit)によって、わざと燃料を濃いめに吹いて排気温度を上げるなどしてDPF内部のPMを燃やしてしまうことで、目詰まりを解消する。石油ストーブの金属網と同じ理屈。
このDPFの性能は非常に優秀で、黒煙微粒子を90%以上も除去することが可能。
【参考】
クリーン・ディーゼル・エンジン −その1「DPF」−
デンソー製ディーゼルエンジン制御用
ECU
3.クリーンディーゼルの難関はNOxの減少
PM対策は上記の
DPFと後述の
コモンレールで解決できるようになったため、自動車メーカーにとって、NOxの排出をいかにコントロールするかが大きな課題である。つまり、
クリーンディーゼルの難関はNOxの減少にあると言える。
一般的には、
エンジンの精密制御でthermal NOxを減らす事と
排ガス中のNOxを処理する事の2つの技術を組み合わせる。
そして、
ECUのプログラム(ソフトウエア)で、
NOx削減、燃費、パワー、ドライバビリティのバランスを最適に設定する。なかでも
燃費とNOxはトレードオフの関係にあり、意図的にNOx削減だけを優先させることもできる訳である。
4.エンジン精密制御によりエンジン本体でNOxを低減しようとする技術
(要素技術としては、色々なものがあるが、代表的なものだけを以下に。)
コモンレールシステム(Common Rail):高圧燃料噴射システムの仕組み
1997年頃より普及した高圧の燃料噴射システムで、排出ガスのクリーン化や走行時の静粛性が向上した。
燃料をシリンダーに噴射する前にコモンレールという筒の中に超高圧で貯めておき、
ECUにより最も燃焼効率が高まるタイミングで
複数回の噴射をする。微細な霧状になった燃料はまんべんなく燃焼され、不完全燃焼によるNOxやススの発生を防ぐ。
高圧の燃料を適切なタイミングで噴射するため、噴射弁の開閉には、インクジェットプリンターの噴射ノズルなどにも用いられるピエゾ素子を用いた仕組みが採用されている。
【参考】
クリーン・ディーゼル・エンジン−その2 エンジンの中に『日本海溝』が!? コモンレール・システム−噴射の具体例

EGR(Exhaust Gas Recirculation):排気再循環の仕組み
排気の一部を吸気に戻すことでエンジンに入る空気の量を抑制し、燃焼温度を下げることでNOxの発生を抑える技術である。
EGRの量を増やせばNOxの量は減らせるが、過剰なEGRは、不完全な燃焼を引き起こし、黒煙(PM)を増加させることになる。黒煙発生を抑制しつつ、NOxを大幅に削減するためには、きめ細かいEGR量の調整が必要となる。EGRの量は、電子スロットル(アクセルコントロール)と併せて
ECUによりEGRバルブで調整する。

マツダのクリーンディーゼルエンジン
マツダの独自技術は世界一の低圧縮比(14.0)でNOx後処理なしで規制値をクリアーした。
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SKYACTIV-D●
分かりやすい?SKYACTIV-D 技術解説(Mazda Fan Community - マツダ・ファン・コミュニティ)
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新型デミオの1.5Lディーゼル、小型車でも普及なるか:日経ビジネスオンライン5.排ガス中のNOxを処理する技術
(この項は参考としてガソリン車の場合です。)ガソリン車の三元触媒
(白金・ロジウム・パラジウムなど3種の希金属を成分を触媒とした反応)
一つの触媒でCO、HC、NOxの3成分を同時に処理する。
この触媒の能力を十分に発揮するには、空燃比が、燃料が完全に燃焼するときの空燃比(理論空燃比)に非常に近いことが必要である。この理論空燃比は、自動車の走行性能や燃料消費率に対しても最適な空燃比に近く、
EFI(Electronic Fuel Injection 電子制御燃料噴射)の普及により、最適な空燃比の制御が精密に行われるようになった。今では、圧倒的な排ガス浄化性能を発揮している。
ディーゼルエンジンは,燃焼ガスに酸素が多く温度も高いため三元触媒が使えない。(この項はディーゼル車の話から外れる原理的な知識です。)NOx後処理システムの原理(排煙脱硝処理)
火力発電用ボイラーなどの大規模施設では、
アンモニア接触還元法が大半である。排ガス中にアンモニアを注入し、触媒上でNOxを選択的に反応させて窒素と水に分解する方式。
4NO+4NH3+O2 → 4N2 +6H2O
NO+NO2+2NH3 → 2N2 + 3H2O
ディーゼル車のNOx後処理には主に2つの方法がある。尿素SCR(Selective Catalytic Reduction):選択式還元触媒の仕組み
原理は上記と同じ。
アンモニアを車両に積むのは危険なため、
アドブルー (AdBlue:
尿素水溶液、ドイツ自動車工業会(VDA)による世界規格)を噴射して、排気の熱による加水分解でアンモニアを生成する。そのアンモニアがSCR触媒の作用でNOxと反応し、窒素と水に分解する。
このアドブルーは走行に伴って消費されるので定期的な補充が必要。
1000kmから1500km走行すると、1Lのアドブルーを使います。通常は最大まで補充してから走行可能な距離は約1万5000km。走行可能距離が約2000km以下になると警告灯・警告メッセージが点灯します。
LNT(Lean NOx Traps):NOx吸蔵還元触媒の仕組み
触媒による化学変化を利用してNOxを低減する。酸素存在下で高いNOx低減効果がある。
通常運転時(リーン燃焼時)はNOxを硝酸塩の形で吸収金属中に吸蔵し、間欠的にごく短時間
(30秒から1分程度の周期で数秒間?)、酸素のないリッチ燃焼を行い、発生するCOとHCを吸収金属に貯めたNOxと還元雰囲気中で反応させ、無害化するもの。
ECUによるNOx貯蔵量の予測の精度が重要なファクターになる。
NOx吸蔵還元触媒は、燃料軽油中の硫黄分(S)により触媒が被毒・劣化し吸蔵性能が低下するため、触媒を定期的に高温化し硫黄の除去・再生(被毒回復制御)が必要となる。
(参考情報です)6.実際の道路走行時に排出されたNOx排出量
ICCT(International Council on Clean Transportation NGO国際クリーン交通委員会)のレポート。
完成車メーカー
6社の15車種のディーゼル乗用車に
ポータブルタイプの排ガス試験装置を搭載し、実際の道路上を走行させて有害物質の排出量を測定したもの。驚いたことに、欧州の最新の排ガス基準である「ユーロ6」のNOx排出基準を満たしていたのは15車種中わずか1車種で、他の車種はすべて、ユーロ6どころか、その前の基準である「ユーロ5」の基準値すら超えていたのである。そのうちの2車種はユーロ6の基準値の20倍以上を排出していた。

横軸はCO2排出量。
A~Oの一つひとつが車種を表し、
SCR、
LNT、
EGR、はそれぞれの車種が採用する主なNOx低減技術を表す。緑の線は「ユーロ6」(0.08)、オレンジの線は「ユーロ5」(0.18)の排出基準。
出典:
VWのディーゼル排ガス事件がこじ開けた巨大な闇 (2ページ目) 日経ビジネスオンライン7.メモ
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内燃機関の全廃は欧州の責任逃れだ!(池田直渡 エキサイトニュース 2017/8/21)
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クリーンディーゼル - 環境技術解説(環境展望台:国立環境研究所)●
伏木悦郎氏のFBに『オレぢゃね~っすから』とコメントした国沢光宏氏がネットで話題に( NAVER まとめ 2015/10/7)
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VW ディーゼル スキャンダル NOx 死亡原因 大気化学 国沢光宏 不適切(市民のための環境学ガイド 2015/10/11)
国沢氏ぐらいの自動車評論家であるならば、自動車を自分の好き嫌いだけで判断するのではなく、より高度な見識をもって、もっと深いコメントを書くべきだと考えるのだ。「NOxが死人はでない」とか、「多少NOxを出したところで実害なし」、「これが、VWに対して、本気で腹立たない理由だったりします」、と言うことは、自らの見識の無さを証明することにしかならないからだ。
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VW排ガス不正問題はどこへ向かうのか / 両角岳彦×牧野茂雄×荻上チキ(SYNODOS 2016/1/28)
アメリカでは、誰がどんな車を作っても良い。その代わり、こと細かなルールブックがある。これを全部読んで、書いてあること全部守るなら車を作ってもいい。ですから極端な話、ルールを何も守っていない車を売ることもできるんです。
ところが、アメリカ当局は市場に出回っている車を買い集めて抜き打ち試験をやります。もしそこで違反が見つかったら社会的な制裁を受ける。中古車も買って試験するくらいですから、全部抜き打ちです。この事後認証制度というのがアメリカの特徴なんです。
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VW排ガス不正問題はどこへ向かうのか / 両角岳彦×牧野茂雄×荻上チキ SYNODOS シノドス 2016/1/28
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日本のエンジンはまだまだ進化する 将来のクルマの電動化支える3つの技術(池田直渡 THE PAGE(ザ・ページ)2018/1/4)
「SKYACTIV-X」。この技術の話をするには旧来のエンジンの問題点を説明しなくてはならない。
まずはガソリンエンジンだ。ガソリンエンジンは混合気にプラグで着火し、その火が燃焼室全体に燃え広がる仕組みだ。燃焼がリレー式に行われるので、途中に混合気の薄いエリアがあるとバトンが伝わらす、そこで消えてしまう。不完全燃焼を起こさないためには常に燃焼室全体を理論空燃比「14.7:1」に保たねばならず、燃料を薄くしてケチケチと燃やすことが難しい。さらに、気体には圧縮すると温度が上昇する特性があるため、圧縮比を上げようとすると燃料が温度依存でフライング着火してしまい、最悪エンジンを壊してしまう。だから圧縮比が上げられない。
ディーゼルエンジンはその点で有利だ、ディーゼルの特徴は、まず空気だけで圧縮するところにある。当然温度が上がるが、この時点では燃料を混ぜてないので燃える心配はない。心配がなければ圧縮比を高めることができる。そして空気が圧縮されて十分に温度が上がったところに燃料を噴霧する。その結果、混合気の燃え方はリレー方式ではなく、全員が一斉にスタートする同時多発型になる。料理でいう「フランベ」の様なものだ。温度を要因として燃料が燃えるので火炎のリレーは必要なく、空燃比が薄くてもちゃんと燃える。少量の燃料をガソリンエンジンより高圧縮比で安定して燃やせることが、ガソリンエンジンよりディーゼルが熱効率の良い大きな理由である。
しかし、こちらはこちらで別の問題がある。高温の空気に燃料を噴霧したら、燃料が空気に触れた途端に発火する。トータルで最適な空燃比でも、燃料噴射ノズルの側では燃料が濃くなり煤(すす)が出る。反対にノズルから遠い部分では、燃料もないのに高温になる。そうなると比較的安定している窒素がやむなく酸素と化合して窒素酸化物(NOx)になってしまう。要するに原理的に燃料と空気が混ざる時間が足りない。だからディーゼルは素養として煤とNOxの両面で排気ガスが汚くなる。
つまり、ガソリンではノッキングが邪魔して空燃比を薄くできず、ノッキングが怖くて圧縮比が上げられない。ディーゼルでは燃料がよく混ざらないうちに燃焼が始まって、煤とNOxを発生する。だったら、あらかじめ燃料と空気を混ぜた「混合気」の状態で圧縮して熱で着火させれば良い──と考えた人がいた。この方式を予混合圧縮着火(HCCI)と呼ぶ。

[図]通常の火花点火はスパークで着火した火を延焼させるシステムだが、予混合圧縮着火では圧力による気体の温度上昇で気体全体を一気に燃やす
しかしHCCIは“茨の道”だった。理想的な状態ではHCCIで燃えるのだが、スイートスポットをちょっと外れると上手く燃えない。低回転では熱が足りず、高回転では反応時間不足で燃えない。中間域で負荷が高まると、燃料が増えて燃焼が暴走してしまう。
マツダではこれを解決するために、予混合した混合気をピストンで自己着火直前まで圧縮し、最後のひと押し分はプラグで着火した燃焼ガスの圧力を利用することにした。燃焼ガスが膨張する力を利用して自己着火する圧力まで圧縮するのだ。高圧縮かつ薄い混合気を、排ガスの心配なしで燃やすことに成功した。
2019年に登場するこのSKYACTIV-Xは、今までのエンジンとは違うレベルの熱効率を達成するかもしれない。