低線量のγ線、β線被ばくは、活性酸素を増やす効果(間接作用)のみで直接作用はない。
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1. 分裂中の細胞では、スライドに示すような染色体を観察することができる。ヒトでは23対で46本の染色体が、マウスでは20対で40本の染色体がある。
2. 一つの染色体を形づくるDNA(デオキシリボ核酸)は非常に長いが、遺伝暗号をもっている遺伝子といわれる部分は、DNAの中に散在しており、DNA全体の数%に過ぎないと考えられている。
3. 染色体上に存在する遺伝子はFISH(フィッシュ)法*を用いることで視覚化して見ることができる(左下写真:同じヒト染色体を異なる蛍光色素で染めたもの。図中の矢印は遺伝子の部位を示す。)
4. DNA上の遺伝情報はmRNA(メッセンジャーRNA)に写しとられ(転写という)、さらに翻訳されてタンパク質として機能する。
5. DNAが傷つくとmRNAに転写された情報が変化し、異常なタンパク質ができたり、タンパク質の量が変化して、機能が異常な細胞(前がん細胞になることもある)が生じる。
[用語解説]
* FISH (fluorescence in situ hybridization)法:フィッシュ法と読む。赤色や緑色を発色する蛍光物質で標識した遺伝子(DNA)の断片を、作製した染色体標本上の染色体のDNAとハイブリダイズ(1本鎖DNAにしたDNA同士を相補的な遺伝子配列を持つ領域で結合させること)させて、染色体上の遺伝子の位置を同定したり、染色体を赤色、緑色に着色して、蛍光顕微鏡で観察する方法。
ゲノムとは、個々の生物が持っている遺伝情報の総体
若干乱暴ながら、染色体をカセットテープにたとえると、磁気テープにたとえられるものがDNAです。テープに収められた歌1曲ずつ(ちなみに歌と歌の間には雑音も入っています)が遺伝子。
私たちヒトの場合、カセットテープ全23巻の歌謡全集のようなもので、23巻揃って初めてヒト1人分の遺伝情報がカバーされます。その全情報こそがゲノムです。
体のあらゆる細胞は、それぞれにこの23巻をが持ち合わせていますが、どの歌を再生しているかは細胞ごとに異なります。
つまり各細胞が、ゲノムの情報に従って様々なたんぱく質を合成し、ゲノムの情報を維持しながら増殖を繰り返しているのです。
DNAとはデオキシリボ核酸の略称で、遺伝子の本体です。DNAにはアデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)の四つの塩基があり、図1のようにAとT、GとCが相補的に塩基対を構成しています。ヌクレオチド(nucleotide) は塩基、糖(デオキシリボース)、リン酸がひとつずつ結合したDNAの構成単位です。
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DNAは2 本鎖を形成していて、人の細胞1個の中にヌクレオチドは60億個あるとされ、DNAの長さはおおよそ2m になります。細胞が分裂する時期になるとヒストンというタンパク質と結びつき、凝縮して染色体の形となります。
遺伝子の数は、![]()
人では、多くの細胞で絶えず細胞分裂がおこなわれ、新しい細胞と古い細胞が入れ替わっています。
DNAの複製は、細胞が分裂する分裂期と次の分裂期までの間で起こり、複製の際にはDNAを構成する二本の鎖の一部がほどけ、各々の一本鎖に新しく合成されたDNA鎖が結合し、DNA二本鎖が完成します。DNAの二本鎖の間は、塩基と塩基の組み合わせがアデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)というように決まっているので、複製後の2本のDNAは親DNAと同じ塩基配列をもち、遺伝情報は複製されます。このようにして、DNAの複製により細胞の内容が変化しないよう保たれています。このような複製の仕方を半保存的複製とよんでいます(図2)。
生体が放射線を浴びると生体分子は放射線エネルギーを吸収して励起・電離・解離され、さらに付近の生体を構成する分子と反応して、種々の活性イオン、ラジカル(遊離基)、励起分子をつくります。この活性物質の作用によってDNAを傷つけます(図3)。
この過程は放射線の間接作用といわれますが、放射線が直接DNA分子と相互作用してDNAを傷つける場合もあり、直接作用といわれています。![]()
図3. 放射線による細胞の破壊。放射線によるDNAや細胞膜などの破壊は放射線の作用による場合(直接作用)と水分子に作用し活性物質を介する場合(間接作用)がある
放射線は大きなエネルギーを持っているので、特殊な障害を起こすのではないかと言う誤解があるかも知れません。中性子線、α線は別ですが、γ線、β線(電子線)は、体内の活性酸素を増やす効果のみ、と言って良いです。
(中略)
放射線で作られた大量の二次電子は、生体中の水をイオン化し、活性酸素を作りますが、細胞にとって、肺呼吸で作られる活性酸素と、放射線で作られる活性酸素の区別はありません。
実際に、放射線による遺伝子の変異と、通常起きている遺伝子の変異の形は同じであることが確認されています。
放医研に依ると、活性酸素によるDNA損傷の頻度は細胞一つあたり一日1E+6で、細胞の10個に1つは、二重鎖切断が生じると考えられている一方で、自然放射線では、1日に、細胞1万個に1つに放射線に由来した二重鎖切断が生じていると考えられているそうです。
これから、自然放射線が作る活性酸素の1,000倍もの余分の活性酸素が呼吸で作られている、ことが分かります。この文面から、多くの専門家も、放射線の効果は単に活性酸素を増やすだけと言うことを理解していないように思われます。
*1 下記の記事γ線が当たった細胞が損傷を受けるという誤解があるようです。
細胞の損傷は、γ線が当たった原子の内殻に正孔ができるからではなく、γ線で叩き出された高エネルギー電子が、1mm程度離れた場所で大量に作る数eVの二次電子(及びそれが作る活性酸素)による放射線熱傷で細胞が損傷します。
この記事は、一般の方、向けではなく、専門家向けの解説です。
前のブログで紹介しました、線量率が十分に低い時には健康に全く影響がないという研究結果を報告した電中研の原子力技術研究所の報告書を読んでいて、どうやら放射線生物学の人が全員誤解しているらしいことに気づきました。同報告のp.37のコラム記事です。
「この伝統的な放射線生物学では大前提として、「ヒットされた細胞のみが影響を受ける」と考えられてきた。この、当然とも思える大前提に見直しを迫る現象が、低線量放射線の研究の中で発見された。細胞集団のうち1%にしかアルファ線が通過しないような低線量の照射条件で、30 %の細胞の染色体に異常が見られたのである。この現象は、放射線にヒットされなかった細胞にも、照射の影響が現われたと考えなければ説明がつかない。照射された細胞の近傍の細胞(バイスタンダー)にも影響が現われるという意味で、バイスタンダー効果と呼ばれている。」
(補足:α線の場合は、その衝突で原子が動くので、ヒットした細胞でも損傷が起きるでしょう。それでも大部分の影響は二次電子に依るものと考えていますが、どれだけ多くの二次電子ができるかは、まだ未確認です。引用した文章の後で、X線マイクロビーム装置の導入と書いていることと、通常問題になる外部被曝はγ線でもあるので、議論が簡単な、γ線に絞ってのコメントです。)
誤解は、γ線の励起で内殻に正孔ができた原子が分子の損傷の原因と考えていることです。内殻ホールは、直ちに埋められ、一瞬正電荷を持ちますが、それも周囲から電子が供給されて、中和され、分子を切断する力にはなりません。分子の切断は、数eV(電子ボルト)の低いエネルギーの電子により行われます。
γ線で励起され原子から飛び出た数百keV(キロ電子ボルト)の電子は、周りの原子とぶつかって、その原子に捕まっている電子を叩き出し、少しエネルギーを失って、また別の原子から電子を叩き出します。叩き出された電子は、二次電子と呼ばれます。二次電子もまた、新たな二次電子を作り、雪崩の様に、たくさんの二次電子ができます。二次電子の数が増える毎に一個一個の電子のエネルギーは小さくなり、最終的に、数eVの電子が何十万個できます。この二次電子(及びそれが作る活性酸素)が、分子を切断するのです。
『沃素131のベータ線(0.6MeV)とγ線(0.365MeV)の健康被害』*1で説明した様に、数百keV電子は、発生源の側ではあまり二次電子を作らず、1~2mm離れた場所で大量の二次電子を作ります。
ですから、γ線が当たった細胞ではなく、その周り1~2mmにある細胞の損傷が大きくなります。バイスタンダー効果*2という不思議な効果でも何でもありません。
高線量の時は、全ての細胞にγ線が当たるので、知らなくて済んだのですが、低線量での実験では、上のことを知らないと、間違った解釈をします。
*:ブログ主注(前略)
ベータ線について。
高いエネルギーの電子、イオン、α線(ヘリウム原子)等の粒子線は、物質と衝突することでエネルギーを失いますが、高エネギーの時はあまり吸収されず、エネルギーが小さくなると急激に吸収率が高くなります。ですから、物質の表面ではあまり吸収されず、ある深さに達すると突然、全部吸収されてしまいます。かなりの割合のエネルギーが吸収される場所の表面からの距離は飛程と呼ばれます。
空気中でのMeV電子の飛程は、0.5MeVで1.5m、1MeVで3.7m*ですので、沃素131のベータ線(0.6MeV)は、空気の1,000倍の密度である人体では、飛程が2 mmになります。表皮は大丈夫だが、真皮の深さ2 mmの場所が焼け焦げるという、普通とは異なる火傷を負います。遮断距離が短いので、接触さえしなければ、体内に取り込まなければ、ベータ線による被害が避けられます。
(中略)
一方、γ線は光子ですので、吸収によって光子エネルギーが変わることはなく、吸収率は深さに依らず一定ですので、粒子線とは異なって、吸収されるエネルギー密度は単調に級数的に減少します。
その質量吸収係数は、酸素に対する0.365MeVγ線の場合は、0.1cm2/gです(3/17日 17:23のブログ記事の図参照)ので、比重1の水(人体)を10cmも透過します。
2年数ヶ月前に、「放射線は、得体の知れない特別な障害を起こす、という誤解」という解説記事(文献1)を書きました。文章だけの説明だったので、理解が難しかったかも知れません。今回、絵を使って、より分かりやすい説明を試みます。
“DNAは染色体に圧縮されると、放射線耐性が50倍になる”と言う実験結果を、国立遺伝学研究所など9機関の共同研究チームが発表していることを文献2で紹介しましたが、本記事では、彼らの実験は、私の主張の強力な補強になっていると言う説明をします。
おそらく、“DNAは、ラジカル(活性酸素)によって『のみ』損傷される”、と言って良いでしょう。DNAがγ線を吸収することで起きる損傷は無視できるのではないでしょうか。
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放射線が人体にあたり、放射線のエネルギーが体内に吸収された場合、細胞のなかで起こる重要な化学作用は細胞内の水に活性酸素が生じ、この活性酸素の作用を受けて細胞のいろいろな部分と核のなかのDNAが損傷を受けることである。
すべての物質が原子からできていること、そして、原子が原子核と電子からできていることがわかると、ぼくらの世界でおきている多くのことを理路整然と理解できるようになった。
たとえば、ぼくらのまわりの空気は、だいたい窒素と酸素からできている。ただし、窒素や酸素の原子がそのままふわふわと浮いているのではなく、それぞれ、窒素分子と酸素分子を作っている。窒素分子(N2)は窒素の原子(N)が二つくっついたもの、酸素分子(O2)は酸素の原子(O)が二つくっついたものだ。こうやって原子どうしがくっつくことを化学結合という。原子の構造に照らして言うと、化学結合とは(原子核のまわりをまわっている)電子の軌道を組み替えたり変形したりすることで作られる原子どうしの結びつきだということがわかっている。
水素と酸素が反応して水になるといった物質の変化を化学反応という。やはり原子のレベルで考えると、化学反応というのは原子の結びつきの変化だ。だから、結局は、電子の軌道の組み替えや変化だということになる。
特に分かりやすい(広い意味での)化学反応はイオン化だろう。イオン化とは、原子核のまわりにいた電子が何かのはずみで飛び出していなくなってしまう、あるいは、原子核のまわりによそから余分な電子がやってきて落ち着いてしまう(「まわり」はじめる)ことである。
放射線がDNAを傷つける仕組みは自然に発生している傷と同様の仕組みであり、現状の福島の方々の被ばく線量レベルでは放射線によるDNA損傷の頻度は自然の傷より、はるかに少ないものである。
それらの傷は、“人間が進化の過程で獲得してきた身を守るシステム”によって、何重にも直されて行く。
具体的には、活性酸素によるDNA損傷を修復するシステム、変異細胞をアポトーシスに導くシステム、免疫システム、である。
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管理人:icchou
非常勤講師
自分のお勉強のアウトプットでしたが、お役に立てて良かったです。
物理系でも生物系でもない、一般理系の自分にとって、かなり嬉しいコメントでした